きゆう
心配する必要のないことを、あれこれ心配すること。取り越し苦労。
資料が足りないかと案じたが、全員に行き渡り、杞憂に終わった。
WORD READING
よく迷う
杞憂は「きゆう」と読みます。必要のないことをあれこれ心配すること、取り越し苦労です。「杞憂に終わった」は、心配した事態が起こらず、その心配が取り越し苦労だったと振り返る表現です。
READINGS
心配する必要のないことを、あれこれ心配すること。取り越し苦労。
資料が足りないかと案じたが、全員に行き渡り、杞憂に終わった。
HOW TO READ
杞憂には、単に心配するだけでなく、その心配は必要がないという評価が含まれます。「杞憂に終わった」なら、心配した内容と、その後に分かった結果を順に読みます。「杞憂であってほしい」なら、まだ結果を確かめたとは限らず、心配が現実にならないことを願っています。これから起こることを、根拠なく安全だと保証する言葉にはしません。古代中国の杞の人が、天が崩れ落ちないかと心配したという『列子』の故事に由来します。ここでは故事から生まれた現代の語義と、結果を述べる表現の違いを確認します。
COMPARE IN CONTEXT
同じ杞憂でも、後ろの言葉によって結果の確かめ方が変わります。資料が足りるか心配する、という架空の場面で比べます。
| 表現 | 示していること | 結果について読めること |
|---|---|---|
| 資料不足の心配は杞憂に終わった。 | 心配が取り越し苦労だったと振り返る | 不足しなかったという結果を述べている |
| 資料不足の心配が杞憂であってほしい。 | 心配が現実にならないことを願う | 不足しないと確認できたとは限らない |
| 資料が不足しないか心配だ。 | 足りるかどうかを気にかけている | その心配が不要かどうかは、この文だけでは分からない |
IN CONTEXT
資料が足りないかと案じたが、全員に行き渡り、杞憂に終わった。
ここでの読みきゆう
資料不足を心配した後、足りたという結果が分かっています。その心配が取り越し苦労だったと振り返る例です。
準備が間に合わないのではという心配が、杞憂であってほしい。
ここでの読みきゆう
心配が現実にならないことを願っています。準備がすでに間に合ったという報告ではありません。
案内を誰も見ていないのではと思ったが、全員が確認済みで、その心配は杞憂だった。
ここでの読みきゆう
取り越し苦労だったのは、案内を見ていないかもしれないという心配です。別の問題まで何もないと述べた文ではありません。
故障の心配を杞憂と決めつけず、まず点検結果を確認した。
ここでの読みきゆう
心配が不要かどうかを、確かめる前に断定しない例です。点検したというだけで、故障がないことまで示してはいません。
TAKE CARE
読みは「きゆう」です。「杞憂に終わる」を、心配した事態が起きた意味に取り違えないようにします。また、「杞憂であってほしい」という願いを、心配が解消したという報告へ置き換えません。相手の心配を杞憂と言うときにも、何が不要な心配だと判断されているかを確かめます。
QUESTION
Aそのように確定した表現ではありません。心配が取り越し苦労で済んでほしい、という願いを述べています。結果を振り返る「杞憂に終わった」と区別し、何を心配していて、どの結果が確認できているかを読みます。願いだけで、問題が起きないと確認できたことにはなりません。
読みの照合には EDRDG JMdict を参照しました。 個別の確認には 漢字ペディア「杞憂」 も参照しました。 読みの運用や専門分野の説明には コトバンク「杞憂」(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典) を参照しました。 文脈の説明と用例は当サイトで作成しています。辞書で確認できる読みでも、使用頻度や媒体の読み方の基準は同じとは限りません。
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